蛍の光は聴こえない 1−1


 平安高校1年2組の寺田 学は、人相が悪かった。
 一言で表すと、まさにこの言葉がピッタリ来るだろう。だが、事細かに著すとやや事情が変わってくる。
 確かに、目は目尻のほうが高く威圧的であるし、それに添った眉毛も生まれつき薄く威圧感を増してはいる。すっと伸びた鼻もそうである。更に、唇は薄く、軽薄な印象を与えもする。肌はそこらの女の子より白く、これもなんだか病的なイメージを醸し出している。学校へ行くために制服(いまどきガクランである)を身につけてしまうと、どこからどう見ても完全無欠、立派な不良であった。
 だがしかし、それでも、である。
 クラスの女子の範囲を越えて、全校の女子、いやいや近隣の女子学生の多くは彼を狙っていた。なぜなら寺田 学はカッコイイからである。
 威圧的な目も、薄い眉毛も、鼻も、唇も、ついでに言うならばそれらを含む顔の輪郭も、すべてが最高のパーツであるし、最高の位置配置で構成されているのだ。
 加えて、彼は不良ではなかった。どちらかと言えば学校でも優等生の部類に入る。彼の事を知らない子供が、道を歩いていて彼にぶつかり、謝ろうと彼の顔を見た途端に泣き出してしまうくらいヤンキー路線まっしぐら全力疾走の怖い顔をしていても、彼は温和な性格であった。
 さらにさらに、実はこれが一番、女性を惹き付けているのだが――寺田 学は、そんな自分に気付いていなかったのである。「自分の顔が怖い」ことは重々承知しているのだが、そのルックスが飛びぬけて高いレベルで安定している事に気付いていないのだ。故に、彼自身は女子から人気があるなど、1ミクロンも思っていなかった。もちろん、態度にそれも出る。女子はそんな彼を見て「可愛い♪」と思ってしまうのである。
 平安高校1年2組の寺田 学とは、とにかくそういう生徒であった。


「おーはーよーぅ……」
 2階の自分の部屋から、居間のある1階のほうに階段で降りてきながら、学は間延びした挨拶を口の中でだけつぶやいた。今朝は家に自分以外誰も居ない事を思い出したのである。
「そーかそーか、今日は8月3日か」
 カレンダーを見るともなくつぶやく。夕べ両親が出掛けるのを見送っているのだから、今日が8月3日なのは解りきっていたのだが、なんとなく声に出してしまうのだ。そして、声に出してしまったことで妙に寂しくなってしまった気もする。
「ったくぅ、いい気なもんだよなぁ……」
 冷蔵庫から牛乳を取り出しながら、また声に出す。
 学の両親は、今日から1ヶ月半ほどかけて海外旅行である。テレビのプレゼントで当たったらしく、アメリカとヨーロッパ各国を廻る旅らしい。定員は2名。つまり、応募する段階から学は居残り決定だったらしい。
「今ごろは成田かな?」
 確か、国際線って成田だよな、使った事なんか無いから知らないけどさ、と、心の中で付け加える。一人しかいないのだから当たり前なのだが、問いかけの言葉に返事が返って来ないのがどうにも耐えられない。だからまた、口から言葉がこぼれ出る。
「田舎モンなんだから、東京に出て、はしゃいでなけりゃ良いけど。」
 そうつぶやいた後で、学は少し不機嫌そうな顔になった。これじゃ、置いてかれてスネてるみたいじゃん、カッコワルイ。
「ん、せっかく長い期間一人で居られるんだから、楽しまないとね!」
 んん〜っ、と、背伸びをしながらそう言うと、新聞を取りに玄関へ向かう。向かいながら、あぁ、まだパン焼いてなかった、ドコに置いてあるっつってたっけ? などと考える。
 玄関の扉のカギをあけて、開く。と、見知った顔が門の前をちょうど歩いている所だった。思わず口が開く。
「あー、おはよう、佐伯くん」
 げ、僕まだパジャマのままだった、ヤなタイミングだなぁ……
 だが、学の心中をよそに、佐伯と呼ばれた青年は(呼ばれたのだから当たり前ではあるが)こちらを向いて止まった。
「おはよーさん。寺田ンちってここだったのか」
 佐伯 龍威は、1年2組のクラスメイトである。学の外見と肩を並べるほど、クラスでは異端児である。
(でも、ドコが変なのかって聞かれると答えられないんだよな……)
 そう思いながら、一学期での龍威の事を思い返してみる。
(成績は学年トップ。スポーツは万能で、これもトップクラス。ルックスも良いし、性格も気さくだし――僕の事はじめて見ても怖がらないでくれたし――強いて言うなら……)
「これで目立たないってのが変なんだな」
「ん? なんだ?」
「あぁ、いや、なんでもない!」
 思わず最後を言葉に出してしまい、龍威に聞きとがめられてしまった。慌てて話題を探す。
「さぁえきくんはぁ……そだ、夏休みの予定とかあるの?」
「なんだそりゃ。おまえは小学生か、をぃ」
 苦笑しながらツッコンでおいて、龍威は答えた。
「んにゃ、特にないよ。寺田は?」
「僕も真っ白。今日からは親も居ないから、一人で何しようって考えてたんだ」
 なんとか話題を作る事に成功して、ホッとする。だが、
「そか。じゃあとりあえず着替えてこいよ、もう昼前だぞ」
 と、笑顔で龍威にからかわれてしまった。あぅ、と詰まって、何も言えずにいると、
「暇なんだったら今度遊ぼうな。あ、俺の事はリュウイで良いから」
「あ、うん、僕もマナブで良いよ。じゃあね」
「おぅ」
 そう言って、龍威はまた歩いていってしまった。
「……そうだ、彼と話す時って、なんか凄い目上の人と話してるみたいで緊張するんだよ」
 だからクラスでも浮いてるし、目立たないのかもね。などと考えながら、ドアを閉める。
 ……ふと。
「あぁっ! 新聞忘れた!」
 とてつもなくマヌケな事をしでかした様で、気恥ずかしさに赤面しながら今閉めたドアを開けて門の所まで新聞を取りに行く。パジャマのままなので、行き帰りダッシュである。
「さて、着替えるか……あぁ、パン焼いてから……焼きながらでいいな」
 ぶつぶつ言いながら、なんとはなしに手に持った新聞を見る。
 夕べは両親を見送るまで2階でRPGのレベル上げに勤しんでいたし、その後は漫画を読んでそのまま寝てしまったのでニュースを見ていなかった。学の家は夕刊を取っていない。だからその記事は始めて見たし、だからこそ結構なインパクトを学に与えてくれた。
『繁華街で5階建てビル全焼。奇跡的に死傷者なし』
『ビル内に取り残されていたはずの園児30人、及び保育士4人が隣接ビル屋上にて発見された。その隣接ビルは8階建てで、火災現場のビルとは間に通行道を挟んで建っており、園児らの力だけでそこに移動する事は不可能である』
『保育士4人はいずれも、園児を落ちつかせようとする際に煙を吸い込んでしまい、気を失っていたと証言している』
『背の低い園児らの多くは、煙を吸う事もなく、その時まだ意識を保っており、声を揃えてこう証言してくれた』
『「おーたーれんじゃーがたすけてくれた」』
『園児らの話では、テレビの戦隊特撮ものの主人公らのような格好をした男性が突然現れ、手から水を放ち、炎の勢いを弱めたそうである。そして、自分はおーたー(ウォーター?)レンジャーだと名乗り、手首につけた発信機のようなものに何やら叫ぶと、突然飛行機のようなものが室内に現れたそうだ。それに乗って脱出したのだと、園児らは得意げに話している』
『集団催眠で説明しようとすると、彼等が実際に脱出できた事実がそれを拒む。なんとも奇妙で、なんとも心踊る話である』
『この保育園の園長や、消火活動に参加していた方達の証言では、とある青年がその直前にビル内に踏み込んで行ったとされている。だが、その青年の死体などは発見されていない。当局ではその青年がすべての謎を解くカギになると見て、似顔絵を作成。広く一般に公開する事とした。果たして、彼が謎の救世主なのだろうか。記者としてのみならず、一人の「男の子」として彼の登場を心待ちにしている』
 学はもう、テーブルに出しっぱなしの牛乳の事も、まだ焼いていないパンのことも、着たままのパジャマの事も忘れて、新聞に見入っていた。なぜなら……
「これって……佐伯くんだよな、どー見ても……」
 先ほどまで会話していた相手の顔が、ヒーローの顔として記載されていたからである。

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