(あぁ・・・まただ・・・) 私は、この感覚を知っている。これは・・・夢? カリッサの身体が、ふわふわと浮遊感を感じている。 (最初は・・・ただ心地いい・・・) そう、この浮遊感を感じている間は、幸せなのだ。 だが・・・このあと、何が起こるのかも、カリッサは知っているのだ。 (あぁ・・・あぁっ!・・・来るっ!!) カリッサの内側から、何かが彼女の意思を突き上げる。それは、さっきまでの浮遊感を数十倍に強めたような、ものすごい勢いの力だ。 (だめ・・・だめっ!イッちゃダメっ!!) そうだ、これは、この力は・・・快感なのだ。 快感が、うねりを伴って、カリッサの意思を天上へと吹き飛ばそうとしているのだ。 (だめっ!!・・・絶対に・・・だめぇぇぇぇっ!!) 必死になって、その力に抗う。イッてしまったら、悲しいことが起こるのだ。 彼女にとって、ものすごく悲しいことが。 しかし・・・ (あぁ・・・いやっ・・・いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!) 彼女を光が包み込む。意思が快感に吹き飛ばされたことを悟る。 (あぁぁ・・・あぁ・・・) 幸せなはずなのに。 こんなにも気持ちいいのに。 光の中を、またふわふわと浮遊しながら、カリッサは「それ」が始まらないことだけを祈っていた。 だけど、またその声は聞こえてきた。 『カリッサ・・・ちゃんとイケたね?』 確認してくる声。優しくて、力強くて、カリッサはその声を聞くと、胸がきゅうっと締め付けられる。 (違うっ!わたしは、まだイッてないっ!!だから、だから・・・!!) その懇願は、声の主には届かない。それも分かっているのに、カリッサは叫んでしまう。 (いやだっ!!いやだっ!!!) こんなに近いのに。 すぐそばにいるはずなのに。 『じゃあ・・・今のことは、忘れるんだよ? カリッサ・・・』 (いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!) カリッサは叫んだ。 「・・・・・・カリッサ?」 目が覚めると、アロワードが覗き込んでいた。 どうも、うなされていたらしい。 「あぁ・・・いや、なんでもないよ」 彼の顔を間近で見てしまい、少し照れながら、カリッサは答える。 「また、うなされてましたよ?」 「・・・そう?」 心配してくれているのだろう、アロワードの言葉に、夢を思い出そうとしてみるのだが、まるっきり思い出せない。 「ん〜・・・覚えてないし。大した夢じゃなかったんだよ、きっと」 ぱたぱたと彼に手を振りながら、カリッサは勤めて明るく答えた。連日、アロワードを起こしてしまっている自分が恥ずかしくなり、寝袋に潜り込む。 「そうですか・・・疲れてるんですね。ゆっくり休んでくださいね?」 なおも心配そうなアロワードの声を背中に聞きながら、カリッサは奇妙な動悸を覚えたが、あまり気にしないことにして、再び目を閉じた。 (どうも、こいつと出会ってからのわたしはおかしい・・・) 翌日、光の街道をアロワードと並んで歩きながら、カリッサは思った。 この陰気なアロワードという男のおかげで、自分は命を助けてもらえた。 あの日、カリッサが2匹倒すのがやっとだったオークの、残り4匹を見事な手並みで切り捨てたのを見たときは、この男が詰め所で見せた、あの「嫌そうな顔」の理由が分かったような気がして、自分の力量不足を悟った。 その上、この男は白魔術も心得ているらしく、気を失ったカリッサが目を覚ました時には、傷跡どころか、戦闘で受けた筈の痣一つ、カリッサの体には残っていなかった。 そして、カリッサは自分の心にぽっかりと空虚なものを覚えたのだ。 だから、もう兵士を辞めようと思っている。なんだか、自分はこの男を超える事さえ出来そうに無い。 そんな彼女の心理を見透かしたかのように、アロワードはあの後、襲い来る敵を一人で迎え撃っていた。 まるで、自分を守ろうとしているようなその姿を眺めながら、カリッサの心には、いつも奇妙な苛立ちのようなものが渦巻くのだ。 (戦いたい・・・って訳じゃないんだよなぁ・・・) その苛立ちの意味がわからないのだ。 正直に言って、あんな恐怖を味わうのなら、もう兵士なんかやっていられないと思う。 だから、アロワードが剣を抜くと、カリッサの足は自然と後ろに下がるようになってしまった。彼の剣技は疑う余地も無い。彼に頼ってしまっている時点で、兵士失格だ。だから、苛立ちの原因はこれではないはずなのだ。 (あれから、毎晩悪夢でうなされてる・・・みたいだし) 恐らく、オークに襲われたときの夢でも見てしまっているのだろう。 起きた時に、毎回どんな夢だったのか思い出そうとするのだが、断片すら思い出せた事はない。 (あーもぉ、いらいらするなぁっ!) 何かがおかしい気がするのだが、それが何なのかがわからない。 「もうすぐ、テラルスの守備領域に入れそうですね」 そんなカリッサの表情を見かねたのか、アロワードが明るく声を掛けてくる。 「何でそんな口調なんだよっ!!」 瞬間、カリッサは自分でも思いがけない台詞を吐き出した。 「・・・え?」 「・・・いや、すまん・・・なんなんだろうな、まったく・・・」 なんだか、驚いたというよりも、信じられないようなものを見るようなアロワードの、妙に真剣な表情を見て、カリッサは溜め息をついた。 (ホント・・・どうしたっていうんだ、わたしは・・・) 自分で怒っておいて、何でそんな事で怒ったのか、まったく自分が理解できない。 「えーっと・・・」 そんなカリッサに、困ったようにアロワードが語りかけてくる。 「とにかく、今日の夕方には、イグリアの守備領域を出ることが出来ますよ。そしたら、あなたはもう、兵士を辞めることが出来る」 「あぁ・・・」 アロワードの言うとおりだ。 オーク襲撃の二日後、彼らは次の詰め所に着いた。そこで、カリッサは申請をしたのだ。今回の任務終了で、自分は兵士を辞めると。 もともと、光の街道に女性の新米兵士は辛すぎると考えていたのだろう。その詰め所の所長は、すぐに手続きを約束してくれた。 ただ、カリッサは、是非、この任務だけは最後まで自分でやり遂げたいと申し出た。 自分でも奇妙だと思ったのだが、それだけはどうしても譲れなかった。 結果、詰め所間の連絡は魔術師が取り持ってくれて、イグリアを抜けてテラルスの領域の最初の詰め所までアロワードを送り届けたなら、彼女は兵士を引退する、ということで、ようやく話がまとまったのだ。 「なぁ・・・」 そんなことを思い出しているうちに、またカリッサは、自分では思いもしない問いを、アロワードにしてしまっていた。 「あんたは・・・テラルスに入ったら、どうするんだ?」 正確には、テラルス国に入国するわけではない。だが、ニュアンスは似たようなものだ。 「僕は・・・とりあえず、トーランガに登ります」 「そっか・・・あのさ・・・」 「・・・はい?」 「・・・いや、なんでもないよ・・・」 どうして、一緒に行っていいかと聞きたがる自分がいるのだろう? 自分の感情を「忘れている」カリッサには、分からないのだった。 |