魔眼 第十三話


「ん? あれは・・・」
 あの男と一緒にいた女剣士が、自分とすれ違ったのに、ガルシアは気付いた。
(ちっ・・・もう宿屋に帰るのか?)
 出来れば、あの男が一人でいる時のほうが良い。
 男のほうは、細身で力もそんなには無さそうだし、魔術師というような格好でもない。恐らくは一般人だろう。
(多少、変な違和感はあるがな・・・)
 その違和感の正体を確かめるために、ガルシアはこうして仲間の元へ向かっているのだ。
「おっと・・・ここだな」
 目的の宿屋についた。職業柄、周囲の様子を素早く探り、自分に注意が向いていないことを確認すると、ガルシアは宿屋の中に入っていった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
 荒い息で、ティーリは喘いでいる。
 その目は涙に濡れ、辛そうに歪んでいた。
 そんな彼女を見つめ、アロワードは途方にくれていた。
(ダメ・・・か・・・)
 処女を達させるのは、慣れた男性であっても相当に難しい。カリッサの時は、彼女が直前に死の恐怖を味わっていたことが、かえってアロワードに都合よく働いたのであろう。精神の揺れは、女性の感覚に大きく影響するものだ。
 もちろん、時間をかけてゆっくりと進めていけば、いつかはティーリもそこへ連れて行けることを、アロワードは知っているのだが・・・
(時間がない・・・)
 このままだと、もう一度カリッサに左目を見せることになってしまう。
 そして、今、左目を隠せば、それはそれで困ったことになる。ティーリにかかった暗示を解くには、左目は必要不可欠なのだ。
「ティーリ・・・」
「ごめん・・・なさい・・・わたし・・・」
 アロワードが、何か真剣に悩んでいる。それはきっと、自分のせいなんだと、ティーリは直感で感じていた。
「いや・・・ティーリはなにも悪くないんだよ?」
「でも・・・」
 アロワードの優しさは、充分に知らされた。彼は、ティーリが悪くてもそれを責めたりする人間じゃないはずだ。
(あんなに気持ち良いのに・・・)
 イク、という言葉を、知ってはいる。
 酔った客の会話、同世代の女の子の体験談・・・耳年増は、この年代の女の子の、普通のステータスだ。
 だけど、自分にはそれが起こらない。
(わたし・・・きっと、変なんだ・・・)
 あんなに気持ちよくしてもらっても、自分はイケない。だからアロワードは悩んでいる。そう感じる。
(このままだと・・・)
 嫌われるのだろうか?
 ぐっと、悲しさがこみ上げてくる。
「うぅ・・・やだ・・・」
「ティーリ?」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
「ティーリ? どうしたんだい?」
 ベッドの上で、体をくの字に折り、ティーリはしくしくと泣き出した。
「わたし・・・変なんでしょう? あんなに・・・してもらったのに・・・」
「ティーリ、それは違うよ、気にしなくて良いんだ」
「わたし・・・わたし・・・お願いです・・・」
 アロワードは優しい言葉をかけてくれる。自分はまた、彼を困らせている・・・
「いやだよぅ・・・お願いですぅ・・・嫌わないでください・・・」
「・・・ティーリ・・・」
 アロワードの脳裏に、『もうひとつの方法』がちらちらと横切る。
(いや・・・それは出来ない・・・)
 それこそ、この純真な娘を深く傷つけてしまう。そして、恐らくは最悪の結果を彼女にもたらしてしまうだろう。
(もうひとつの方法・・・)
 それは、アロワードの精を、彼女に注ぎ込むことだ。それならば、彼女が達していなくても暗示は解ける。
(ダメだ・・・そんなことは出来ない・・・!!)
 そんなことをすれば、ほぼ間違いなく、ティーリはアロワードの子供を身篭るだろう。暗示を解き、記憶を消してしまうならば、それは身に覚えのない妊娠となる。それだけでも、彼女と、産まれてくる子供は確実に不幸になるだろう・・・悪魔の子、と呼ばれることは必然だった。
(そして・・・)
 もし、その子供の目が・・・
「・・・ティーリ・・・大丈夫、僕は君を嫌ったりはしないよ」
 浮かんだ、寒気のする想像を振り払い、アロワードはティーリに語りかける。
(カリッサ・・・)
 彼女に、もう一度見られることを覚悟しなくてはならない。今まで、同じ女性に複数回、左目を見られたことはない。どのような結果になるかは分からないが、すべてを受け入れる覚悟が必要だ。
「ティーリ、必ず、僕がイカせてあげる。だから、じっくり進めよう。・・・ね?」
「・・・はい・・・」

「・・・魔眼?」
 ガルシアは、その言葉のもつ異様な圧力感に顔をしかめる。
「えぇ、魔眼よ」
 彼と対峙してテーブルに座っている魔術師が、頷く。
「ガルが見たのは、きっと『淫魔眼』ね。紫色だったんでしょ?」
「あ、あぁ・・・」
「それは、サキュバスやインキュバスなんかの淫魔って呼ばれる種類のモンスターが持つ瞳のことよ。彼らはそれぞれ、女性のみ、男性のみの種族。その瞳の力を使って、その・・・人間と性行為をして、種族を増やすの。彼らにとってはその行為自体が食事のようなものだから、繁殖目的以外でも、人間をたぶらかそうとするらしいけど・・・」
「じゃあ、あいつは・・・」
「うーん・・・でも、淫魔は普通、夜にしか現れないと聞いているわ。昼間の遭遇談なんか聞いたこともない」
「そうなのか? ほかにも種類がありそうなことを言ってたよな、それは何色なんだ?」
「あぁ、そうだったわね。私が知ってる限り、魔眼は他に、赤い『真魔眼』、灰色の『石魔眼』があるわ。赤いのはヴァンパイアなどの目ね。これは強力。さっきの淫魔眼の力に、麻痺、恐怖や混乱なども付随しているらしいわ。よほどの精神力の持ち主でも、抵抗は難しいそうよ」
「赤・・・じゃあなかったと思う」
「当たり前でしょう、ヴァンパイアなんかが現れたら、この街なんか一晩で壊滅よ」
 けらけらと笑いながら、魔術師はさらりと恐ろしいことを口にする。
「『石魔眼』は、灰色の瞳で、バジリスクやメデューサなどが持つ魔眼よ。効果は、その名のとおり石化。瞳を見てしまって、抵抗に失敗したら、即座に体が石になっちゃうって言われてるわ。ほら、ディアボロースの伝説に、メデューサって出てくるでしょ?」
「あぁ、聞いたことはあるな。髪の毛が蛇の女だよな?」
「そうそう、それよ」
 ディアボロースは、1500年ほど昔の英雄の名前である。彼の行動範囲はとてつもなく広かったらしく、大陸の各地に、彼にまつわる伝承が数多く残されている。その伝承をまとめて物語にしたものがディアボロースの伝説と呼ばれるもので、子供時代に一度は誰もが読んだことがある(もしくは、詩人の歌を聞いたことがある)という、定番の物語だ。
「それでもねぇな・・・やっぱり、紫だった気がする」
「そう?」
「・・・あぁ。・・・で?」
「え、なに?」
 急に聞かれて、魔術師はキョトン、としてみせる。
「その魔眼とやら。売れるのか?」
「そうねぇ・・・」
 魔術師は、そのときになってようやく、シーフの雰囲気がいつもと違うことに気付いた。戸惑いながら、質問に答える。
「魔眼は、モンスターを倒したあとに取り出すと、その効力を残したままになるらしいわ。腐らないように保存すれば、強力なマジックアイテムになるって訳ね。とくに・・・その・・・」
「なんだ? 教えてくれ」
 いらいらしたようなガルシアの言葉に、ちらりと彼の顔を見ながら、魔術師はちいさな声で答える。
「・・・淫魔眼に関しては、貴族の間で相当な高値で取引されてるらしいわ・・・男性のも、女性のも、ね・・・」
「へへっ・・・そうか・・・やっぱり、そうか・・・」
「ガル・・・?」
 どことなく邪悪さを感じさせるガルシアの様子に、魔術師は脅えたように声をかける。
「へへっ、いや、ありがとうよ、アザリー。それが聞きたかったんだ」
「そう・・・?」
「あぁ。用事は、そんだけさ。じゃあな!」
 そう言って、ガルシアは急いで席を立つ。
「ちょっ・・・ガル!?」
「わりぃな、今から忙しくなるんだ。またな!」
 バタバタと、言葉どおりに忙しなく部屋を出て行くガルシアを、魔術師アザリーは、呆然と見送った。

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