魔眼 第二十一話


 胸騒ぎがとまらなかった。
 アザリーは、ガルシアが泊まっている宿屋に向かって歩いていた。そろそろ、深夜になろうとしている。普通なら、ガルシアも眠っているはずだ。彼はリュンクス退治のパーティーには、加わっていないと聞いている。アザリーも、今回は仕事を見合わせていた。2週間ほど前、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりでトーランガのふもとまで、ある冒険者パーティーのガイドをしたら、結構な報酬がもらえたのだ。懐は暖かかったので、競争率の高いリュンクス退治を狙う理由はなかった。
 ガルシアは、ここのところ仕事が上手く行っていないようだった。
 良く同じパーティーで一緒に仕事をしていたので、彼が優秀なシーフであることをアザリーは知っていたが、彼の少し傍若無人な性格が災いしているのだろう、最近では彼と組んで仕事をしようとする人間が少なくなっているように思う。
「変なこと考えてなければいいけど・・・」
 夜道を歩きながら、ぼそりと呟く。
 夕方、明らかにガルシアの様子はおかしかった。
 そして、アザリーは彼が、あのような状態になったときを何度か知っている。
(ああやって意地っ張りな態度を取ってるけど・・・ガルは、ちょっと脆い所があるから・・・)
 何かしらの窮地に追い込まれたとき、ガルシアは良く自暴自棄な状態に陥っていた。
 技量的に勝てそうにないモンスターに出会ったとき、他の仲間が逃げることを提案しても、ガルシアは一人、そのモンスターに挑もうとした。仲間が必死で止めたことと、モンスターが戦意を持っていなかったことが幸いして、その時は事なきを得た。
 また、ある時は毒蛇に手を噛まれ、彼は腕を切り落とそうとした。そのときのパーティーには毒治療の白魔術を扱える仲間もいて、すぐに治療できたのだが、もし、その仲間がいなかったら、ガルシアは自分で自分の腕を切り落としていただろうと思う。町からそう離れておらず、すぐに戻れば治療にほぼ確実に間に合うという所だったにも拘らず、だ。
(今日のあの感じ・・・)
 ぎらついたガルシアの瞳を思い出す。口調がいつもどおりの彼だったので、初めは気づかなかったのだが・・・
(・・・ヤケになったときのガルの感じに、良く似てた)
 急いで帰っていったガルシアを送り出してから、アザリーはずっと、嫌な胸騒ぎを感じていたのだ。そしてそれは、時間を追うごとに大きさを増していった。
「きっと、杞憂なんだろうけど・・・ね」
 確認するように、また呟く。実際、確認したいだけなのだろうと自分でも思う。このまま、彼の宿に行って、彼が部屋にちゃんと居る事さえ分かれば、それでこの胸騒ぎは終わるはずなのだ。
 様子を見に行こうかな、とアザリーが思ったのは、もう少し早い時間だったのだが。ガルシアの態度を思い返すと、なかなか踏ん切りがつかなかった。迷っているうちに時間が経ってしまい、女性が男性の部屋を訪ねるには、勇気がいる時間帯になってしまった。それでも、ガルシアの様子を見に行った方がいいような気がするから、アザリーは不安なのだ。
(こういう不安って・・・誰でもそうなんだろうけど・・・よく当たるんだもん)
 流石にリュンクスを探す冒険者の姿もほとんど見かけなくなった、人通りの少ない夜の街道を歩きながら、アザリーはガルシアが持ち出した話題について考えてみた。
(魔眼・・・魔力を秘めた瞳。一般に知られている魔眼は、真魔眼、淫魔眼、石魔眼の三種類。それが、普通の人間に備わることはない・・・はず)
 魔術を扱う者のステータスとして、アザリー自身も、一般の、たとえば農夫などよりは多少なりとも知識は豊富だという自負がある。特に、モンスターに関する知識は。だが、時として、事実は知識を簡単に越えて襲い掛かってくる。
 もっとも顕著で一般にも有名な存在が、テラルス国王クライヤーだ。彼の金髪。それは、魔王の象徴とまで言われた、忌まわしき存在だったはずだ。だが、クライヤーは国民のほとんど総てが認める、賢く優しい国王だった。未だに一部の人間からは、邪悪な魔王が国民をかどわかしているのだと言う声を聞くこともあるが、もし仮に彼が本当に魔王の内面を持っているのであれば、そのような画策は総て無意味だろうとアザリーは思っている。クライヤーは、最強の魔獣ドラゴンをも傅かす力を持っているのだから。
 すなわち、アザリーの知識は、知識というだけであって、真実ではない。魔眼を備えた人間が、絶対にいないとは言い切れない。
(そして、本当にいるのであれば・・・)
 アザリーは陰鬱に思う。その人間は、他にどのような力を持っているのか、得体が知れない。
 それだけではない。
 もし、ガルシアの言葉どおり、その人物が淫魔眼を備えていたとして。ただそれだけならば、ガルシアのやろうとしていることは・・・
(魔眼を手に入れるようなことを、ガルは言っていた・・・)
 それは、ただの暴力でしかない。下手をすれば、仲間が殺人者となってしまうかもしれないのだ。自分の欲を満たすためだけに他人を殺す、犯罪者に。
「・・・変なこと考えてないでしょうね? ガル・・・」
 もう、彼の泊まっている宿屋はすぐそこだった。アザリーの歩調は、自然と少し早くなった。

 胸騒ぎがする。
 アロワードの寝息を聞きながら、カリッサは目を開いた。
 アロワードの話は、確かにカリッサを驚かせた、が、やはり、彼女の気持ちは揺るがなかった。アロワードを愛している。今も、彼の腕枕を、体温を後頭部に感じて、カリッサは幸せだった。服は、お互いあのまま着ていない。アロワードに触れている部分から、彼をそのまま直接感じることがうれしい。本当なら、今まで以上に安心して眠れるはずだった。
 それなのに。
(・・・眠れない・・・この感じ・・・)
 ざわざわと、脳裏に危険信号が明滅している感じ。カリッサは、その感覚を良く知っていた。
(・・・殺気?)
 ぴりぴりと、空気が張り詰めているのが分かる。その殺気が、間違いなく自分たちの方向に向けられたものだということも。
 迂闊には動けなかった。カリッサ、アロワード、共に全裸であり、無防備なのだ。自分が気づいたことを相手に悟られてしまったら、どのような反応が返ってくるのか分からない。夜中に、部屋のカギを開けて忍び込み、殺気丸出しで様子を窺っている様な相手だ。カリッサが気付いたと知って、おとなしく帰ってくれるとは思えない。
(・・・!! 来るっ!!)
 気配が近づいてくるのがわかった。カリッサは焦るが、どう動いていいのかがわからないでいた。
(アロを・・・起こすか?)
 悩んでいる間にも、何者かの気配は少しづつ、確実に近づいてくる。このまま、寝たふりを続けていても、カリッサたちが不利になるだけのようだった。
 カリッサは決断した。
「・・・アロ! 起きろっ!!」
「ちぃっ!!」
 カリッサが叫んだ瞬間、何者かの舌打ちの声が聞こえた。
 そいつは、すぐそこにまで迫っていた。

 良く事態が飲み込めていなかった。
 当たり前だ、決死の覚悟でカリッサに自分の秘密を曝け出し、そして、彼女の笑顔を見て、急激に身体の緊張が解け、疲れ果てて深い眠りについていたのだから。
 突然起こされたアロワードは、飛び起きこそしたが、何も理解してはいなかった。
 目を開ければ、暗闇だった。
 ほんの一瞬後、隣でカリッサが激しく動いているのがわかった。
 その数瞬後、カリッサが『誰か』と揉み合いの争いをしているのがなんとなく分かった。
(・・・え?)
 さぁーっ、と、血の気が引いた。ようやく、頭が回転しはじめる。
「誰だっ!?」
 そう、アロワードが誰何の声をあげたのと。
「ぐぅっ・・・!!」
 カリッサが、くぐもった悲鳴をあげたのが、同時だった。
 そして、アロワードは見た。
 急速に暗闇に慣れていく、父親の血を引いた、彼の目は、それを、しっかりと見た。
「・・・カリッサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 見も知らぬ男の手にあったナイフが。
 彼の、なによりも大切な女性の腹部に。
 柄だけを見せて、深々と。
 突き刺さっているのを、アロワードは見たのだ。

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