魔眼 第二十八話


 不思議な子だな、と思いながら、アロワードは魔術師の顔を覗き込んだ。
 はぁ、はぁと息を荒くはきながら、彼女はアロワードに寄りかかっている。瞼が閉じられていたので、彼女を支えている腕を片方外し、優しく指で瞼を上げた。
 悪趣味な能力だと思う。
 遠い過去の「科学者」とやらは、この能力で、一体何をしたかったのだろう。
 重罪人だったという父よりも、その「科学者」達の方が、よほど罪深く思える。
(だからこそ・・・古代文明は滅びたんだろう)
 では、何故自分は、この時代に生きているのだろうか。
 カリッサへの想いは、アロワードの中で暗く淀みを作ったままだ。今は抑え付けてはいるが、いつまた噴き出し始めるかもわからない。この魔術師と、少し話がしたくなったアロワードは、暗示だけを解くと、記憶は消さずに、左目を閉じた。

「・・・ん・・・あっ!!」
 腕の中で、魔術師が身じろぎする。
「え・・・あの・・・!?」
 混乱しているのだろう、当然だ。恐怖に始まり、悦楽、愛情・・・瞳の魔力で、彼女の精神は短期間に二転三転してしまっている。その記憶を残したまま、通常の状態に戻したのだ。混乱しない方がおかしい。
「とりあえず・・・怖がらなくてもいいよ。もう、君を傷付けようとは思わない」
 出来るだけ優しく、言葉を発したつもりだったが、びくり、と、彼女が震えるのがわかった。
「ただ・・・今回のことで、君と少し話がしたい。何故・・・どうして、カリッサが、死ななくてはならなかったのか、ね」
 そう言うと、アロワードは魔術師を支えている腕を、ゆっくりと離した。
「出来れば、逃げないで欲しい。僕は後ろを向いているから、服を着終えたら、声をかけてくれないかな?」
 すると、今更ながら、魔術師は慌てて自分の身体を手で隠した。
 アロワードは、言葉どおり後ろを向くと、続けた。
「・・・もし、覚えているのが辛いのなら、今日のことは後で忘れさせてあげる」
 返ってきた言葉は、アロワードには少し予想外のものだった。
「・・・いいわ。覚えていたいから。それと、私の名前はアザリーよ。アザリー・ミュラー。すぐに服を着るから、少し待ってて」
 かなりはっきりと、しかし、挑戦的な口調で、彼女は言ってきた。

 アザリーが服を着終わると、二人は木陰に座って太陽の日差しを避けながら、お互いの話を始めた。
「ガルシア・・・彼が、何か変なことを企んでいる様な気はしていたの。あの時、私は彼を止めるつもりだった」
 その言葉は、アロワードの脳天に、結構なダメージを与えた。
「なっ・・・!? 君は、彼の仲間だと・・・」
「そうね・・・あなたが誤解したのも仕方がないと思うわ」
 驚くアロワードに、アザリーは苦笑じみた笑顔で答える。
「彼とは、確かにパーティーも組んだことがあるし。あの時のあなたは、モンスターそのものだった。咄嗟にそう言っちゃったのよ。でも、今回のことは、私は何も知らなかったわ」
 そして、アザリーはアロワードに、ガルシアが魔眼のことを自分に訊ねてきたこと、そのときの様子が普通ではなかったこと、ガルシアがアロワードの魔眼のことを知っていたこと、それらから、何か良からぬことを企んでいると感づいたこと、等を話して聞かせた。
 そして、アロワードも。
 昨日、カリッサに話したことと同じことを、アザリーに話した。
 話しながら、アロワードは泣いた。
 ところどころ、嗚咽で話が出来なくなったとき・・・アザリーが、優しく背中を撫でてくれた。

「・・・ねぇ。あなた、宿屋に戻った方がいいんじゃない?」
 二人とも話し終え、しばらく続いた沈黙を破ってアザリーが言った。
「話を聞いていて思ったの。あなたは、人間社会で、人間として育ってきたのよね? 私は、これからもそうするべきだと思うわ。それと、その瞳の能力。それは消さずに残しておきなさい」
「・・・え・・・?」
 訳がわからず、アロワードはオウム返しで聞き返す。
 すると、彼女は少し、微笑んだ。
「力を持っていて、それを使えないことは、辛いわよね。でも、だからこそ、自制には瞳の存在が必要だと思うの。それにね・・・」
 意味ありげな拍を置いて、アザリーは続けた。
「使いたいときに、力を持たずに嘆く人たちのほうが多いのよ? もう一度、あなたは守るべき人を見つけるべきじゃないかしら。あなたのお父さんが、サタンバスターに語った言葉。あれが、きっと真実よ」
 その言葉は、アロワードの胸に深く突き刺さった。
「もう一度・・・」
 自分は見つけられるのだろうか。
 カリッサを、こんなにも深く愛してしまった自分が。
「・・・また、勘違いしてるんじゃない?」
 呟き、俯いたアロワードに、立ち上がったアザリーの声が頭上から降ってきた。
「あの人・・・カリッサさんを忘れろって言ってるんじゃないの。むしろ逆よ。彼女を忘れないために。彼女を守れなかったことを、忘れないために」
 そう言うと、アザリーは今のこの場所から、街へ戻る方向を聞いてきた。
「あなたはそこで待ってて。私が宿に行って、あなたの荷物を持ってくるわ。その時に、ガルシアの話もしておいてあげる。あなたは正当防衛よ。ただ、私に対しての過剰防衛分は・・・」
 そう言うと、ローブを翻し、彼女は悪戯っぽい笑顔で振り向いた。
「ま、考えとくわね。借りはきっちり、返してもらうからね」
 なぜか、少し嬉しそうに、アザリーは言うと、上機嫌な様子で歩いていった。
 アロワードは、半ば呆然とその後姿を見送った。

 カリッサの簡素な墓が、そんなアロワードを優しく見つめているようだった。

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