魔眼 第三十話


「よぉ! おまえの顔を見るのも久しぶりだなっ!」
 浮かれた口調と、その口調をそのまま表情にしたような満面の笑顔で、ブラウンはずかずかと『彼』の部屋に訪れた。
「いやぁ、産まれたよ、うん、おまえも喜べっ!」
 もちろん、『彼』にもそのニュースは既に伝わっていたので、突然の来訪の驚くこともなく、喜色を隠すことなく出迎えたのだった。
「おめでとう。ブラウンもとうとうお父さんか」
「おぅよ、おまえにはまだわかんねぇだろうなぁ、この、なんともいえない喜びっ!!」
 飛び上がらんばかりの声である。
「そりゃ、僕だって早く子供がほしいけどね」
 首をかしげ、苦笑しながら答える。と、さらさらとした髪が、ぱらりと重力につられて揺れた。
 金の髪が。
「個人的には興味があるんだよな。リュウイの奴が、元々その金髪はそう珍しがるほどのものじゃなかったっつってただろ?」
「あぁ、確か『劣性遺伝』だとか。そして、僕や『魔王』達は、先祖がえりのようなものだといってたね」
 ブラウンの言葉に、『彼』――クライヤーは、ある人物の言葉を思い出しながら答えた。
「大体、四分の一で、劣勢でも、子供に受け継がれるみたいな話だったろ?」
 あぁ、と、クライヤーは理解した。ブラウンの言いたいことを、である。
 この、一見粗野で、がさつそうな男は、実はものすごく優しい男なのだ。だから、クライヤーが「血統による王位継承の破棄」などという、「王家」としては考えられないような提案を出した時、彼は笑いながらそれを支持してくれた。
 ブラウンは言いたいのだ。
 早く子供を作れ、沢山作れ、と。
 そうすれば、金髪は、また珍しい人種ではなくなるかもしれない。
 同じ人間であるのに、エルフやドワーフといった亜人類よりも嫌われ、凶暴なモンスターよりも恐れられる、金髪。
 最大の理由は、過去二人出現した、「金髪の魔王」のせいだろう。だが、一つには、そのあまりの希少性が関連しているのも事実だ。
 理解したことが、表情に出てしまったのかもしれない。クライヤーの顔をみて、ブラウンがにやりと笑った。
「ま、そういうこった。それにな、それだけじゃないぞ。子供はいいっ!! 待ってる間は、こう、生きた心地さえしなかったがな、産まれた瞬間、あの産声を聞いたときの感動と言ったら・・・」
 大袈裟に身振りつきで話し、最後には天を仰いで拳を握り締めるブラウンに、また苦笑しながら、クライヤーは口を開いた。
「それは、僕じゃなくてヴィクトたちに伝えてよ。彼らがしっかりしてくれないと、ね」
「はは、そうだった。聞いたぜ、次期国王候補連中のことも。なんだか、とんでもないことになってるみたいだな」
 ブラウンが髭面を震わせて笑う。
 王宮の人間達は、最初、この髭を生やした無骨者が宰相になると知って陰口を叩いたものだった。
 だが、実は極度の童顔であるブラウンが、それを嫌って長年延ばし続けた髭を剃ることを良しとせず、クライヤーや、前国王ジークらの口添えもあって、今では誰も文句を言わない。それだけの事を、このブラウンと言う男はやってのけるからである。
「ガルバスが、女になっちまったとか。本当か?」
 それを聞いて、クライヤーがガックリと肩を落とす。
「この間会ったよ。見事に可愛い女の子になってた。一番の戦力がああなっちゃうとはね・・・リュウイさんが、今は彼らと一緒に動いてるよ」
「リュウイが!?」
 ツバメ返しに聞くブラウンに、クライヤーは頷いて答える。
「そうか・・・んで、奴らは、今どこら辺うろついてるんだ?」
「うん。とりあえず、ガルバスを元に戻すことが先決だろうって事で、何かきっかけでもつかめないかって、イグリアに向かってるよ。トーランガ経由で。光の街道の様子もみてきてもらいたいしね」
 そういうと、クライヤーは窓の外を見つめた。
 首都には、もう初夏の足音が聞こえているが、トーランガはまだ、春の初めあたりだろう。遥か遠くにそびえる巨峰の姿を眺めやってクライヤーは物思いに耽るのだった。

「ねぇ、この宿屋がいい! ここ!!」
 ヴィクトの眉が、ぴくりと反応するが、それだけだ。まだ限界ではない。
「ヴィクトォォォ! 聞いてんのっ!? 私はここが良いんだからねっ!! ここ以外泊まんないもんっ!!」
 ぴくぴく、と、今度は二回反応する。でも、まだ我慢できた。
 他のメンバーも、そんな二人から少し離れたところで静観している。なにしろ、この二人のやり取りに巻き込まれるだけ、損だと言うことをみんな知っているからである。
 とにかく、際立った存在感を醸し出す一団であった。
 盗賊ヴィクト。
 数年前までは「ヴェンディの闇」と恐れられた、超一流の暗殺者だった男だ。
 魔術師シルヴィ。
 テラルスからだと、イグリアを挟んだ位置にあるポラード国の魔術師ギルドで、天才と呼ばれた女性である。「ポラードの魔女」
 魔導師ライラ。
 テラルス隋一の白魔法の使い手。時には王立学校で非常勤講師として呼ばれることもある。「神の国の聖女」
 この三人に、もう一人、「イグリアのチャリオット(戦車)」と呼ばれた将軍である、戦士ガルバスが加われば、テラルス国王クライヤーが絶大な信頼を寄せる冒険者パーティー「神の手」になる。
 いや、実際は、この場に「神の手」は全員いるのではあるが。
 とにかく、その三人に加えて先ほどから、少女特有の甲高い声で、ヴィクトに向かって何やら文句を言っている、愛らしい美少女。名前は、彼女自身が言うにはローラ。
 さらに、その人物だけ冬に取り残されでもしたかのように、全身どころか顔面までを布切れで巻きたくっている暑苦しい男。名をクーリォと言う彼の、布の隙間を目を凝らしてみると、羊毛に似た体毛が少しだけはみ出しているのが分かる。
 そんな暑苦しい格好のクーリォを心配そうに眺めているのが、テラルス王宮下仕官の制服に身を包んだハーネス。赤毛で、なかなかの美形である。
 そして、今は姿が見えないが、クライヤーが彼らに紹介したリュウイという男性を含めて、全部で7人のパーティー。
「ヴィクトォォォォォォォォォっ!!!! ここだってばぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「うぅるっせぇぇぇ!! んな高そうなとこに泊まれっかぁ、この馬鹿娘もどきっ!! おまえが道中いらん金使いすぎて、俺たちは貧乏なのっ!!」
 ローラのしつこい催促にとうとうキレたヴィクトの叫び声がこだましたのは・・・光の街道だった。

 アザリーは、ようやく自分の宿に帰り着くことが出来て、ほっと安堵の息をついた。
 昨日の夜、この部屋を出てから、どれほどの事件が彼女を襲ったのか。彼女自身、全ては把握しきれていないような気がする。
(でも・・・)
 ソファにどかっと腰をおろすと、まだ部屋の入り口できょろきょろと部屋の中を見回している男を手招きした。
「ま、とりあえず今日は、ゆっくりと今後を話し合いましょう。座って?」
(私は、喜んでいる・・・)
 ガルシアが犯した罪。
 犠牲になったカリッサと、残されたアロワード。
 ただその場に居合わせただけのアザリー。
 彼女は、恐怖の代償に・・・
(・・・彼を・・・)
 ゆっくりと腰をおろすアロワードを見つめながら、アザリーは、どうすればこの男の目を、文字通り自分に向けることが出来るのかを考えていた。

第二十九話に戻ります  目次に戻ります  第三十一話に進みます 
動画 アダルト動画 ライブチャット