魔眼 第三十三話


 トーランガの山頂。
 ここには、『神の船』と呼ばれる遺跡が鎮座している。
 3000年前、この遺跡は突如『空から舞い降りてきた』。
 そして、当時の人々は見たのだ。
『神』を。
 さらに、その下僕たる『七色の竜』を。

「やぁ!」
 その『神の船』の深部で、男は明るく声をあげた。
 大陸の共通語ではない。
 遥か昔、この地上のどこかに存在した、小さな島国に興った文明の言葉。
 暗い部屋だ。
 そして、広い。
 男の声は、その広い部屋に反響した。
『またお前か・・・不死人・・・』
 男に答えた声。
 それは、聞くものに畏怖すら感じさせるほどの迫力を持っていた。
 声量を抑えているのがはっきりと分かる口調であるのに、広い部屋全体に、まるで怒号のように広がる振動。
 そして、その言葉も男と同じく、遥か昔に滅んだ文明の言葉だった。
「いい加減覚えてくれよ。
 俺の名前はリュウイだって。
 お前さんの種族名も入ってるんだぞ?
 それから『不死人』じゃなくて『プリズナー』ね。
 響きがいいだろ?
 なんか哀愁っぽいし」

 うんざりしたように返した後、軽い口調で男――リュウイは続ける。
「しっかし・・・
 毎度毎度ここに来るたびに思うんだが、お前さん暗いところ好きだね〜?
 たまには電気付けて、明るく迎え入れて欲しいもんだ」

 パチン、と、リュウイが部屋の壁に付いたスイッチを入れる音が聞こえた。
 それだけで、部屋が、まるで昼間の野外のように明るくなる。
 魔法ではない。
「そうそう、これぞ『科学の力』ってやつだよ、うん。
 久しぶりの蛍光灯の光も懐かしいもんだぁね」

 改めて、リュウイが『声』の持ち主の方に視線を向ける。
 その瞳に映ったのは・・・
「相変わらずカッコイイな、クロウ」
 ・・・そこにいたのは、竜だった。
 言葉どおり、惚れ惚れとした声で、リュウイは感嘆したように言う。
『神の降臨』とともに、姿を現した七頭の竜。
 そして、この『神の船』に住まうのは、テラルス国王クライヤーの盟友、黒竜のクロウだ。
 全身に艶やかな黒い鱗を貼り付けた、その巨大で美しい最強のモンスターは、しかし、リュウイには全く興味を示していないようにそっぽを向いている。
「・・・ったく」
 その様子を見て、リュウイが苦笑する。
「これも毎度毎度思うことだが、お前さんはもう少し愛想を覚えた方がいいな」
 そう笑うと、リュウイは相変わらずそっぽを向いたままの黒竜に、構わず続けて話し掛け始めた。
「今度来る時は、クライヤーが選んだ男を連れてくるつもりだ。
 なかなか面白い男だぞ。
 そいつの名前は・・・」


 周囲は、どんどんと夜の闇を濃くして来ている。
 村を囲む林の中を案内しながら、フランの後悔と不安は膨れ上がってきていた。
(この人たち、全く喋らない・・・)
 薄気味悪い夜の林の中で、こちらも薄気味悪く無言で歩き続ける二人組。
 心細さがフランの心を侵食していく。
(そういえば・・・)
 フランは、村でこの男が語った言葉を思い出していた。
 外でどんなことが起こっても、決して扉を開けてはならない――男はそう言った。
(・・・それって・・・?)
 ふと、フランは恐ろしくなった。
 もし、この二人が怨霊とやらに負けてしまった時、自分はどうやってそれを証明すればいいのだろう?
 ぞっとする。
 もし自分だけが生き残ってしまった時、彼女は村に戻ることさえ出来なくなってしまったのではないだろうか?
(いや・・・!)
 そんなことは無いはずだ、と、自分に言い聞かせるようにフランはかぶりを振った。
 この二人は、以前にも同じ事件を解決したと、自信ありげに語っていたではないか。
 自分は、そのホンのお手伝いをするだけでいいのだ。
 二人が喋らないのも、自分がこんな陰気なことを考えているのがいけないのだろう。
 話し掛けづらいのかもしれない。
 そういえば、村を出てから、フランはなんとなく前ばかり向いて歩いてきた。
 こちらです、と、声を掛ける時にも、完全には振り返らずに二人の足元だけを確認して声を掛けていた。
(なんだ、私の方が無愛想だったんだ・・・)
 そう思い直したフランは、自分から明るく話し掛けてみようと、無理に笑顔を作って振り向いた。
 そして彼女は、男の双眸が赤く光っているのを見てしまうことになった。

「私を、見て」
 部屋に戻ってくるなり、アザリーはそう言った。
「・・・は?」
 本気でアザリーが何を言っているのか、全く理解できなかったアロワードは、気の抜けた返答をしてしまった。
「なんの・・・こと?」
「眼帯を取って、その左目で私を見てっていってるの」
 戸惑うアロワードをよそに、アザリーはきっぱりと言い切った。
 宿の主人との話は、すぐに決着がついた。
 こんな時期に、こんな仕事を引き受けてくれる冒険者がいてくれた事に、感謝までされてしまった。
 笑顔でそれに答えながら、アザリーは考えていたのだ。
 もう、正攻法で行くしかない、と。
「な、何を言って・・・」
「あなたに抱いてほしいって言ってるのよ。
 あなたとセックスがしたいの」

 もう一度、ハッキリと言われて、アロワードは押し黙るしかなかった。
 アザリーは、顔を真っ赤に染めながら、それでも気丈にアロワードを睨み付けていた。
 その身体が、小刻みに震えていることも、アロワードには見て取れた。
(どうして・・・?)
 それでも、アロワードにはわからない。
 何が彼女をこういう行動に駆り立てたのか。
 アロワードが何も言えずにいると、つかつかとアザリーはアロワードの前まで来て、困惑しているアロワードの眼帯を、構わずむしり取った。

「リュンクス狩りは・・・除外するべきだろうな」
「そうですねぇ。
 陛下がそんなことを許すはずがありませんからねぇ」

 ヴィクトの言葉に、ハーネスがうんうんと相槌を打つ。
 彼ら『神の手』一行の泊まっている宿屋の食堂である。
 当然と言うべきか、宿のランクに合わせた食事が出されたテーブルに、リュウイとクーリォを除いた全員が集まって食事をとっていた。
「ねーねー、この子羊のステーキおいしー!!
 クーリォにも食べさせてあげたいわね〜♪」

 無邪気な笑顔で(口の周りにソースをギトギトに付けまくっているので、せっかくの美少女が台無しではあった)、さらりと残酷なことを言ってのけるローラに、ヴィクトのこめかみがひくひくと蠢く。
 本当は、食事だけでももう少し質素な店に行って済ませたかったのだが、いつものごとくローラの癇癪攻撃に屈してしまったのである。
 そんなヴィクトの様子をいち早く察したハーネスは、一瞬びくりと脅えた表情を見せるが、ライラが喋り始めたために少し落ち着いた。
 ハーネスは、ヴィクトがライラに好意を持っている事になんとなく気付いていたからだ。
「ところでヴィクト、さっきちょこっと外に出たときに耳に挟んだのですけど・・・」
 と、ちらりとライラがハーネスを盗み見る。
 実は、ライラの方はハーネスに好意を持っていたりするのである。
 そして、その事にはハーネス自身が気付いていない。
 ヴィクトとシルヴィは気付いているのだが。
「ん?」
 ライラが一瞬ハーネスを見たことに気付き、内心で落ち込みながら、ヴィクトが応える。
「この近くの宿屋さんで、盗賊が一人殺されてたんですって。
 しかも、違う旅人の泊まっていた部屋で」

「そうそう。
 その盗賊が殺されてた部屋には、やったら美形な男と、ちょっと野性味のある戦士の女の人が泊まってて。
 そんで、次の朝になったら死体だけがあって、その二人は消えていたとか・・・」

 シルヴィがライラの言葉を継いで説明し始めた、その怪奇な殺人事件の話を、ヴィクトは段々と表情に真剣さを現しながら聞くことになる。

「くくっ・・・」
 男の口から、押し殺したような嘲笑がこぼれ落ちた。
「あ・・・あぁ・・・」
 フランは、男の目から視線を逸らせずにいた。
 夜の闇に、怪しく煌めく二つの赤い光から。
「随分と信用していたな。
 いつ振り向いてくれるかと思っていたが・・・」

 にやり、と、端正な男の顔が歪む。
 声色すら、別人のように邪悪な雰囲気を持ってフランの耳に入ってきた。
 そして、嘲笑に歪む男の顔ときたら・・・
(こわい・・・なに、なんなのっ!?)
 歯の根が合わない。
 カチカチとカスタネットのような音が、自分の口から漏れていることにすら、フランは気付かなかった。
「貴様のような田舎娘では分からんかも知れんが・・・
 俺は、ヴァンパイアだ。
 聞いたことは無いか?」

 楽しそうに、男はフランに尋ねてくる。
(まさかっ・・・!!)
 知らないはずはない。
 数々の英雄伝や抒情詩に登場する、その忌まわしきモンスターの名は、フランも当然知っていた。
 目を見開いたフランに、男はまたにやりと笑う。
「ほぅ・・・知っているか。
 ならば、貴様の運命も・・・」

 そう言うと、男はおもむろに近づいてきた。
(ひっ・・・!!)
 フランは逃げ出そうとするが・・・
(か・・・身体が!?)
 まるで石像にでもなってしまったかのように、動かない。
 逃げ出せない。
 必死になって身体に力を入れているうちに、男が、フランの目の前まで来てしまった。
「あ・・・あ・・・」
 恐怖で、なにも言葉が浮かんでこない。
「分かっているだろう?
 くくっ・・・
 貴様は、俺のエサに選ばれたんだ。
 喜べ」

 すっと、男の手がフランの服の襟元に伸びる。
 そして・・・
(いや、いやだ、いやぁぁぁぁぁ!!)
 男が手を下ろすと、フランの衣服はやすやすと、無残に破り裂かれた。

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