それは、なんとも形容しがたい感覚だった。 疼くような痛みが、頭から全身へ。 そして、同じ「疼く」ではあっても、痛みではない――暖かで、優しくて、だけども、とても寂しい気持ちにさせる――快感が、下腹部から、全身へ。 それだけではない。 「あぅ・・・あ・・・」 リュウイの左目を、呆けた様に見つめている彼女の脳裏に『誰か』の姿が、瞬く。 鮮明に。それでいて、もどかしいほど不透明に。 「はっ・・・うっ・・・!!」 身体中が――すべての細胞が――ありとあらゆる信号を彼女の脳に送ってくる。 昂揚感と嗚咽感が、快感と痛みが、落下感と浮上感が。 彼女が感じえる、すべての感覚が、綯い交ぜになって襲い掛かってくる。 「ぐぶっ・・・!!」 その為、彼女の口から、胃液が噴き出しても、彼女自身はそれに気付いていなかった。 彼女の意思は、荒れ狂う感覚の中で、ひとつだけ、確信していた。 ――思い出さなければならない。 自分は何か、とても大事な事を思い出そうとしている―― だから、彼女は見つめ続けた。 怪しく光るリュウイの左目を。 脳裏に瞬く『誰か』の顔を。 リュウイは、祈っていた。 自分は残酷な事をしている。彼女の姿を見ていると、挫けそうになった。 (頼む! 保ってくれ・・・!!) 彼は、魔法使いでは『ない』 もし、アザリーの精神が崩壊してしまったら、リュウイにはそれを『癒す事などできない』のだ。 彼女が、無表情のまま、胃液を口から噴き出させた時、リュウイは恐怖に心を鷲づかみにされた――俺は、とんでもない苦痛を彼女に与えている・・・!! (やめるか・・・?) 迷いが生じる。 彼女が『壊れて』しまったら――そうなったら、きっとライラにも治せない。系統付けられた「白魔術」に、崩壊した精神を癒す術など『含まれてはいない』 (俺は・・・) それほどの事を、アザリーに対して行っている。自身に対する警句が、脳裏に鳴り響く。 ――お前は、いつの間にそんなに偉くなった!? (くっ・・・! 今なら、ライラの「平静」で間に合うっ!!) リュウイの心が、挫けた。 ・・・のと、リュウイが「それ」に気付いたのは、完全に同時だった。 目を閉じ、ライラに癒しを頼もうとした、その瞬間に、紫に染めた彼の左目は、「それ」を捉えたのだ。 アザリーの瞳の中にある、意志の力を。 (この娘は・・・自分の意思で見ているっ!!) それは、リュウイの折れた心に、力を与えた。 (思い出せ・・・早く、思い出してくれ!) ぐらり、と、アザリーの身体が傾いだ。 そのまま、受身も取らずに、どさりと倒れる。 ごつ、と、鈍い音が響いたのは、彼女の頭が床に叩き付けられたからだった。 ライラは、呆然とその様子を見つめていた。動けなかった。 リュウイとアザリーの、常軌を逸した「睨み合い」に圧倒されていたのだ。 (・・・それだけじゃ、ない・・・) そう、ライラが圧倒されていたものは、もう一つあった。 リュウイに言われ、先もって「平静」を唱えるために準備していた彼女は、それ故に恐怖を覚えた。 (なんなの・・・?) 魔法を使うための準備をした彼女は、気付いてしまったのだ。 彼女の目の前に「魔力の塊」がある事に。 あまりにも巨大で、あまりにも強力で、ライラが最大限集中しても、その塊の100万分の1すらも集める事が出来ないほどの――圧縮された、魔力の塊。 (まるで・・・) そう、それはまるで「魔力が集まって人の形をしている」ようだった。 (なんなの・・・この人・・・?) それなのに、ライラが集中を解くと――恐怖で集中が乱れたのだ――強大な魔力の感覚は、消え失せた。まるで、普通の人間にしか感じられない。その人物が魔力の塊であると言う感覚は、微塵もない。 それが、さらにライラの恐怖を煽った。 (・・・怖い・・・) がくがくと、膝が震え始めた。 その時。 「ライラ・・・頼む、彼女に『癒し』を・・・」 疲れた声で、リュウイが声を掛けてきた。 ビクッ、と、自分が一度大きく揺れた事を、ライラは自覚した。 「は・・・はい・・・」 緊張で、声が裏返った。 心臓が、耳の中にあるように感じるほど、どくどくと鳴る。意識が白み、どこかに持って行かれそうになる。 そんな状態を、何とか持ちこたえながら、ライラは歩いて「それ」を通り過ぎた。 ――もう彼を、人間だとは思えなかった。 そんな彼女を怪訝に見つめている、リュウイと名乗る「魔力の塊」を。 |