シュウジの声は気持ちいい。 柔らかくて抑揚があって、その声の振動は、愛撫するように耳から全身に流れる。 「おい、聞いてる?」 「ん、もちろん聞いてるよ」 「じゃ返事くらいしろよ」 「だって、あなたの声、好きなんだもん。私の声で途切れるのが嫌なの」 「変なヤツ」 不思議そうに笑うシュウジは、自分の声がどれだけステキなのか、きっと判ってない。 受話器を通した他愛もない会話の中で、私はこんなにあなたを感じてるのに。 電話で話すとき、姿が見えない分、耳だけに神経を集中することが出来る。 だから尚更、彼の声を間近に感じ、声に包まれる。 音の愛撫は耳から身体の奥まで流れ込む。 「なあ」 「ん?何?」 「本当は、待ってるんだろ?」 これが、合図。 シュウジの声のトーンが変わる。セックスの時の、低くて冷たい声。 柔らかい愛撫から一変して、冷たい刃を喉元に突きつけられたような感覚に陥る。 そして、私の身体は、その冷たさに反応して、一気に熱が増す。 「・・・うん」 「いつから待ってた?」 「今さっき」 「嘘吐け」 「・・・嘘じゃない」 「嘘吐くと、してあげないよ」 「・・やだ」 「して欲しいの?」 「・・・うん、して欲しい」 「『して欲しい』?そんな言い方するの?」 「して、ください」 「それだけ?」 「お願い、します」 「いやらしいなぁ・・」 対等だった二人の間に、突然主従関係が生まれる。 嗜虐性のあるシュウジは、言葉による恥辱を与えられることに昂ぶる私の性質を見出し、巧みに操作して更なる快感を与えてくれる。 少しずつ、少しずつ、用心深く色々な言葉や声を使って最も響く部分を探し出し、刺激する。 「いやらしいよなぁ。お願いするんだ。そんなことを」 「ん・・・だって」 これだけの会話でも、身体の中から発生した熱の波はざわざわと蠢き始め、皮膚の感覚までが研ぎ澄まされてくる。 呼吸が徐々に荒くなり、言葉の端々から吐息が漏れ始める。 「呼吸が荒いよ。息遣いが電話越しにまで伝わってくる」 シュウジの声を聞き漏らすまいと、受話器をしっかり耳に押し当てていると、必然的に私の口は通話部に近付き、声も息遣いも余すことなくキャッチされて、シュウジの耳に届けられる。 その恥ずかしさが快感を更に呼び寄せる。 「どうして欲しい?」 どう、なんて判らない。言えない。 ただ、彼のこの冷たくて淫靡な声が冷徹な台詞を吐き出す度に、身体の熱が高まっていくことだけは確かだ。 声から記憶が呼び起こされて、シュウジに抱かれているときのことが脳裏にフラッシュバックし、身体にも感覚が甦る。 彼の指の動き。 彼の唇の柔らかさ。 彼の肌の熱さ。 彼の吐息。 彼の香り。 私に触れる指と舌。 私を押し分けて入ってくる、彼。 見えないはずのシュウジの声と言葉は、まるで形のある透明な存在のように私の身体のあちこちに甦る。 本当は、受話器を通した声ではなく、シュウジは私の隣に居て直接耳に囁いてるんじゃないだろうか。そして、指で唇で、私に触れているんじゃないだろうか。 それほど鮮やかな感覚として、私は彼の全てを反芻する。 はぁ、と息が漏れるのをシュウジが聞き逃すはずもなく、あの声で問いかける。 「もう、感じてるんだ?」 そう。私の身体が記憶しているあなたの感覚を、今、感じてる。 彼の声が耳に流れ込むだけで、私の皮膚に彼の指が、舌が、彼自身の感触が甦る。 「そう・・・感じるの。あなたを」 「俺を思い出すの?」 「うん、そう」 「俺の、何を?」 「全部、全部よ。顔も、唇も、首も、胸も、腕も、指も、それから・・・」 「それから?」 「・・・全部よ」 「何か飛ばしただろ。わざと」 「・・・」 「言って欲しいんだろ?何を一番思い出したんだって、尋ねられたいんだろ?」 「そうやって、苛めて欲しいんだろ?」 「いやらしい女だから、それを、待ってるんだろ?」 冷たい刃が私を切り刻む。 切り裂かれた傷口から流れ出る血飛沫が、ますます私の身体を熱く焦がす。 身体中から溢れ出ているはずの熱い体液は、傷口からではなくたった一箇所に集まって、中身が溶け出すようにふつふつと沸騰して噴出しそうになる。 「ゆり、覚えてるんだろ?俺が、入って、いくところ」 びくん、と私の内部が収縮する。 まさに、入り口を抉じ開けて、熱く硬い彼が私の中に捻じ込まれるときの感覚を味わうかのように、内部が蠢きだす。 声が、漏れる。 吐息ではなく、喘ぐような声になってしまう。 「どうした?そんな声出して。身体が思い出してるの?」 体液が流れ出し、お尻を濡らす。 「あ・・、もう。・・・ねぇ、」 「何?」 「触って・・・」 「触りたいの?」 「うん・・・触って・・お願い」 「溢れてる?」 「ん・・・うん・・、もう、いっぱい」 「まだ何処にも触れてないのに。そんなに溢れるくらい感じちゃうんだ?」 そう。まだ何処にも、自分自身でも触れていない。 なのに、果実から溢れる果汁のように、とろとろと体液が流れ出すほど、私の身体は快感の波に呑まれている。 「触って、いいよ」 「俺の指だと思って、触ってみて」 受話器を左手に持ち替えて、右手を体液が溢れ出ている亀裂に伸ばす。 瞬く間に、右手に粘度のある液体が絡みつく。 「んぁっ・・あぁ、あ・・」 声が抑えられない。身体の中を駆け抜ける熱の海が、更に激しく波打ちはじめる。 「触って、もっと。激しく。声も。そう、声、出して」 私の喘ぎに合わせるように、シュウジは次々と指示を出す。 左の耳で、シュウジの声を一言も漏らさないようにキャッチしながら、右手の中指を自分自身の敏感な部分に擦り付ける。 体液の噴出はますます激しくなり、やがて、波が押し寄せ、その頂点へと向かい始める。 「いやらしい声。・・・なんて声出してるんだ、ゆり?」 「そんなに、気持ち良いの?」 「・・・も、う・・もう、・・!」 「もう?もう、イキそうなの?」 もう、駆け巡っている熱い波が、もう、そこまで・・・。と、その時。 「まだ、ダメだ。イクなよ」 冷たく突き放す声が聞こえる。 「え・・・?」 右手の動きを止めて開いていた口を閉じ、歯をぐっと噛み締めて、堪える。 「・・・どうして?」 「まだ、我慢しろ」 「でも」 「我慢できたか?」 「うん、止めたから」 「止めちゃダメだ。触ってろ」 「え?」 「触り続けて、そして我慢するんだよ」 「そんなの、無理。出来ない」 「やれ」 「だって」 「やらないと、切るぞ」 シュウジの指示は、ますます強く冷酷なものになる。 姿が見えないのだから、嘘を吐くことも出来るはずなのだが、私にはそれが出来ない。 言われるがまま、指示に従って、また自分自身に指を這わす。 もう、限界近くまで膨れ上がったその部分は、少し触れただけでも電気が走る。 溢れ出る嗚咽を抑えきれないまま、受話器を耳に押し付けてシュウジの声を拾う。 「そう。その声だよ。そのいやらしい声を聞かせて欲しいんだ」 「俺がいいって言うまで、イクなよ」 苦しい。 煮え滾る熱を押さえ込むのは、とても苦しい。 そして、それはそのまま凄まじい快感へと変わる。 耐えることによって生み出される快感。それは、底が見えない深海のようだ。 苦しさを抑えるために必死にもがくような声が、喉の奥から搾り出される。 「ああ、いい声だ。凄く、いい。俺も感じるよ、ゆり」 シュウジも、さっきまでの冷たい表情のない声から、快感を貪るようなものに変わる。 それが、私の昂ぶりに追い討ちを掛ける。 もう、ダメ。 耐え切れない。 これ以上、この電気の流れを抑えておくなんて、できない。 「シュ・・・・も、う・・・っ!」 許しを請おうにも、言葉にならない。 「もう、耐えられない?」 見えないと判っているのに、必死に頷く。 判って。 もう、本当に、これ以上は・・・。 「ゆり・・・」 お、ねがい・・。 「いいよ」 あ。あ。あぁ・・・。 「いけ。」 「・・・っ!」 言葉にならない声をあげて、受話器を握り締めたまま、崩れ堕ちる。 ・・・だけど・・・。 「おーい。」 電話の向こうから声がする。 「生きてるかー?」 笑いながらシュウジが語りかける。もう、声は、暖かくて柔らかいものに戻っている。 「ゆり、凄ぇ声出すよな」 「・・・言わないで」 「何か、不満そうですけど?」 「不満じゃないけど・・・」 「けど?」 「やっぱり・・・て欲しい」 「え?何?」 「もう。判ってるくせに」 「いや、判んねえよ。はっきり言ってくんないとさ」 「・・・意地悪」 「そうよ。俺、意地悪だもん」 「・・・挿れて、欲しい。シュウジの、が、欲しい」 「うわ。やらしーなぁ、おまえ。そんなこと言っちゃうんだ?」 「言えって言ったじゃないのー!」 してやったりといった感じで、ふふんと笑う声がする。 「今度な」 「ん?」 「今度、逢ったときは、いっぱい抱いて、いっぱいイカせてやるよ」 「いっぱい?死んじゃうくらい?」 「ああ。殺してやるよ」 シュウジの声が、また少し低くなっている。 「俺が、ゆりを殺してやる。そして・・・」 ダメだ。 また、熱が蠢きだす。熱い波がざわめきだす。 「俺も、ゆりの熱いその内(なか)で、逝きたい・・」 その、声だけで、もう一度。 私の身体は悲鳴をあげて、深い深い海へと堕ちていく。 |